2009年06月30日

YOMIURI ONLINEの記事:あの写真展のこと

 朝のうち一時雨のち曇り。+16.5〜+20.8℃くらい。気温はそれほど低くないのに、ひんやり。

 昨日の疲れも残っていて、きょうは完全休養日。となると、要らんことを考えるようになる。
 きのうコメントを下さった方のblogからYOMIURI ONLINEの記事にリンクを貼られていた。『北海道東川町で「『えぞ王国』森の写真展」』という6月18日付けの短い記事だ。ここからもリンク。そこにこんな1節があった。『竹田津さんは「切り取った自然をもう一度自然の中に返してみた。雨や風、光の当たり方で写真の見え方も変わる」と話している。』。
 なんか解ったような解らんような、「自然」という表現が大変曖昧に使われているから、なんとなく、そうかなあ、と読み流してしまうが、立ち止まってもう一度読むと意味不明。この記事にあるとおりに竹田津さんが語られたのかどうかはわからない。が、先日話題にした展望閣前の文章もそうだった。同じように「自然」という表現をなさっているが、意味はまるで違うことを指しているような気がする。
 

posted by take_it_easy at 21:39| Comment(2) | 岐登牛山
この記事へのコメント
こんばんは
大分、気に掛けて居るようで、気が重そうですね!
エッセイスト/竹田津さんの行動に疑問を感じているようですね。確かに自然に対する考え方が、ファインダーを通してのこじつけの様な言動、行動にも思えてきます。単なるエッセイスト=随筆家と思えば、当然かと?
気ままな行動とも思えてくるのは私だけでしょうか?
私の本音としては
喜登牛公園内での写真の展示は観たくは無いです。
Posted by モンタン at 2009年06月30日 22:31
モンタンさま

 この行事には、主催者である東川町等、助成者の北海道文化財団等、南端展望台から見た街の展望を「北の平城京」とのたまったデザイナー等、いろんな団体といろんな立場の人物とが関わっているようです。
 ですから、竹田津さんの思いだけで行われているとは思えません。
 この行事の趣旨を知りたいだけなのです。写真の街25年特別企画として、なぜこの場所で、この展示なのかを。竹田津さんがこの行事のために書かれたものや報道記事しかみていないために、それだけを手掛かりにしちゃっているのです。
 一般に、写真家さんは、作品を見せる(見ていただく)ために、これほど強引な手段をとることが出来るものでしょうか。ここがわたしには理解が届かないところです。
 じぶんのささやかなタノシミを奪われた腹いせみたいなものです、恥ずかしながら。
Posted by take_it_easy at 2009年07月01日 20:06
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